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02 三祖堂・御廟・経蔵


■ 三祖堂
  (さんそどう)

鎮西上人の発願による安産祈願の祈願所として有名である。 明治11年、第55世竜誉上人の時代建築。


開山忌 聖光上人御輿

三祖堂


内部

安産祈願、安産お礼参りの際は
三祖堂へ直接お越し下さい。




■ 三祖堂 内陣 (三上人)
内陣

中央:高祖 善導大師像
(国指定重要文化財)

右側:元祖 法然上人像

左側:二祖 聖光上人像
(国指定重要文化財)



二祖 聖光上人 高祖 善導大師 元祖 法然上人

◆善導寺のむかし話◆
善導大師像

ここ三祖堂にお祀りしている善導大師の座像は重要文化財になっていますが、この善導大師というのは隣の国、中国の唐時代の偉いお坊さんで、浄土教の開祖と言われ、日本の法然上人はこの善導大師の教えを根本としてお伝えしています。もともとこのお像は中国から渡ってこられたもので、ここに安置されるまでとても不思議なことが数々あったといいます。
中国から博多に渡って来た時、玄界灘が大時化になって船が沈没しそうになった時、乗っていたお坊さんが空に向かって「なむあみだぶつ」と手で太く書き、大声をあげて六字の名号を称え続けたら、波が静かになって無事に博多へ着く事ができ、空に向かって書いた六字の名号が船板に残っていました。そのお坊さんが陸に上がって松原に来てこのお像になっていました。そして自分がここにいるということを善導寺の開山、聖光上人に前もって夢で知らせていました。



◆善導寺のむかし話◆

善導大師の領帽(襟巻き)

善導寺を開いた聖光上人が、博多の港にたどり着いた善導大師のお像を背負って帰っている途中、日が暮れたので百姓屋に宿を借りました。
夜中になって、隣りが騒がしいのでたずねてみると、若嫁が難産で苦しんでいるようでした。聖光上人は善導大師を拝んで、お像の首に巻いていた絹の布を外し、「これを拝ませてお腹の上に乗せてあげなさい。そうするとすぐ産まれるでしょう」と渡されたところ、間もなく元気の良い赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。
それからこの善導大師の襟巻きの絹は、安産のお守りとして各地から善導寺に戴きに来るようになったということです。





廟塔


御廟(門)


    
■ 御廟
 (ごびょう)

 廟堂は方三間、一重、宝形造、桟瓦葺。安政元年(1854)の建築。

 廟塔は五輪の塔石造で、空風火水地を表わしている。その中の大きい円石の四方に梵字を刻んでいる。その刻み方が薬研彫りといって鎌倉時代の手法である。下の台石には、「専修念仏師 弁阿聖霊墓 正助行不退 遂往生極楽」とあり、上人一代の行跡を端的に表現されている。
 


御廟



■ 経蔵
 (きょうぞう)

寛文11年。第44世体誉上人時代の建築。建物の中に八角型の輪蔵があり、その中には黄檗版一切経が納められている。

筑後川に堰(せき)を造って三千町歩の潅漑水(かんがいすい)をとった功労者五庄屋のうちの一人である、福岡県三井郡北野町高島の鹿毛甚右ヱ門の寄進しよるもの。


平成17年2月23日 福岡県文化財に指定されました。
約260年前に整備されていて、既に国指定の重要文化財である、本堂や庫裏と同時期の建造物として、その価値を認められた。老朽化もはげしく、内部の輪蔵などは回転しない状態になっている。また、台風や地震の被害もうけている。


経蔵


輪藏

(傷みが激しく現在は回せません)



 平成17年11月より平成18年3月まで災害復旧工事(屋根・壁等)が行われた。


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